松山地方裁判所 平成8年(行ウ)8号 判決 1997年10月08日
原告
柳瀬五郎(X)
被告(菊間町長)
田中和十郎(Y)
右訴訟代理人弁護士
白石隆
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、菊間町に対し、金二〇万六〇〇〇円及びこれに対する平成七年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、愛媛県越智郡菊間町(以下、「菊間町」という。)の住民である原告が、町長である被告に対し、被告が菊間町に町長室事務机専用椅子を買い換えさせたことが不要不急の物品の購入であり、違法な公金支出に当たるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、損害賠償の請求に及んだ事案である。
二 争いのない事実
1 原告は菊間町の住民であり、被告は同町の町長である。
2 菊間町は、平成七年八月一日、町長室事務机専用椅子一台(株式会社岡村製作所製、商品番号2004ZW、以下、「本件椅子」という。)を二〇万六〇〇〇円(消費税を含む)で購入し、同年九月二五日、右代金を支出した。
3 原告は、平成八年九月六日、菊間町監査委員に対し、本件椅子の購入が違法な公金支出に当たるとして、地方自治法二四二条一項に基づく監査請求をしたところ、同監査委員は、同年一〇月二八日、原告に対し、右監査請求は理由がない旨の通知を行った(同月二九日に原告に送達)。
二 争点
本件椅子の購入は違法な公金支出に当たるか。
三 争点についての当事者の主張
1 原告の主張
(一) 本件椅子の購入当時、菊間町には既に町長室事務机専用椅子(株式会社岡村製作所製、商品番号2005AW、以下、「旧椅子」という。)があり、右椅子は新品同様で十分使用可能なものであった。したがって、本件椅子の購入は、不要不急の物品の購入であり、「地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。」とする地方財政法四条一項に反し、違法な公金支出に当たる。
(二) 被告は、菊間町の町長として予算執行上の権限を有しているところ、自ら本件椅子の購入を要望し、故意又は重大な過失により違法な公金支出をさせたものである。
(三) よって、原告は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、菊間町に代位して、被告に対し、本件椅子の購入による損害賠償として、前記代金二〇万六〇〇〇円及びこれに対する公金支出日である平成七年九月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(四) 被告は、腰痛を緩和するため本件椅子を購入した旨主張するが、本件椅子は、腰痛緩和機能面で旧椅子と差異がなく、被告は、本件椅子購入の際、腰痛緩和機能についての検討確認もしないまま、背もたれが低いというデザイン性のみでカタログにより選定しており、購入後も、座面の硬さが腰に良いとしながら、大きく厚みのある柔らかい座布団を置いて使用しており、これらの点からして、被告が主張する本件椅子の購入目的は偽りというべきである。
仮に、本件椅子が被告の腰痛を緩和する目的で購入されたとしても、それは、被告の町長就任前の私病の後始末を税金で賄おうとするものであって許されない。しかも、旧椅子は、町長という比較的思考型の職務に適したものであって、座面の後方に硬めのパッド等をあてがえば腰痛緩和も可能であり、また、会議用椅子を代用することもできたはずである。
いずれにせよ、被告が公約に掲げていた地方財政の健全化からしても、新品同様の旧椅子が既にありながら、不要不急の本件椅子を購入したことは、税金の無駄遣い以外の何ものでもなく、違法な公金支出に当たることは明らかである。
2 被告の主張
(一) 旧椅子と本件椅子の構造及び機能を対比すると、座板の角度、背もたれの高さ等からして、旧椅子は、長身の者が座るのに都合がよく、普通かやや短身の者には、前かがみに座って執務するには不向きで、深く座れず、座面の前方に座り直さなければならない。一方、本件椅子は、前かがみの姿勢で執務をするのに適しており、腰が椅子に接触する部分に出っ張りがあって、腰痛を緩和し、腰椎圧迫骨折による腰痛の持病があって、腰痛を緩和し、事務を継続するのに都合がよい。
(二) 被告は、身長一六八センチメートルで、第一腰椎圧迫骨折による腰痛の持病があって、旧椅子では体型に合わず、腰に負担がかかって執務を継続し難く、町長の職務に支障を来していた。そこで、菊間町は、町長である被告の体型に合い、構造及び機能上、腰痛の緩和に適している本件椅子を新たに購入したものである。
(三) したがって、本件椅子の購入は、原告が主張するように不要不急なものではなく、その購入のための公金支出は違法なものとはいえない。
第三 証拠 〔略〕
第四 争点に対する判断
一 前記争いのない事実に加え、〔証拠略〕を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 被告(昭和三年一一月生れ)は、平成七年五月一日に菊間町町長に就任したが、平成六年一月に転落事故で第一腰椎圧迫骨折の傷害を負って今治市内の整形外科藤井病院に約二か月通院治療を受けたことがあり、その後、右腰椎骨折(陳旧姓)と変形性脊椎症に起因する腰痛が持病化していた。
2 被告が町長に就任した当時、菊間町には平成五年八月に代金一三万三〇〇〇円程で購入した町長室事務机専用椅子(旧椅子)があり、耐用年数からしても、通常の使用が十分に可能なものであった。
3 被告は、町長に就任後、旧椅子を使用して執務していたが、座面(座板)が柔らかく前部がやや上向きで、座ると腰が深く入り上体が仰向く格好になって両足が床に十分着かない状態になるため、自然と腰に力が入り、腰を前部にずらして座ると、今度は全体重が腰にかかる状態になる上、背もたれ部分か高いため、腰を伸ばして腰痛を緩和することができず、旧椅子では、座り心地が悪くて腰に負担がかかり、長時間座って執務することに耐えられなかった。
4 そのため、被告は、座板が硬く背もたれが低くて両足が十分床に着く、町長室内の会議用(兼来客用)椅子が腰痛に楽であることから、しばしば、会議用机に身を移し、右椅子に座って執務を行っていたところ、これを知った助役から椅子の買い換えについて総務課長に相談してみてはどうかと勧められた。
5 そこで、被告は、平成七年七月ころ、総務課長の松浦典忠(以下、「松浦課長」という。)に対し、腰痛の持病があるので町長室事務机用椅子(旧椅子)を、座板が硬く背もたれが低い椅子に買い換えて貰えないかと要請したところ、被告が会議用机と椅子を使用して執務をしていた様子を日常的に目撃していた同課長は、助役と相談の上、右要請に応じることとし、かねて出入りの業者が置いていった株式会社岡村製作所の椅子カタログを被告に示して新しい椅子の購入手続を進めた。被告は、右カタログの中から、背もたれが低く腰当て部分が山形に出っ張ったデザインになっている本件椅子が腰痛に良いのではないかと考えて、これを選定し、松浦課長は、「町長から腰痛の訴えがあり、背もたれが高く体型に合わない町長用椅子の買い換えの要請があったので、公務能率向上のため、備品購入費(当初予算八〇万円、現予算残五七万九七八六円)を用いて、本件椅子を購入したい。」旨記載された回議書(乙三の1)を起案し、町長、助役及び収入役の決裁を受けた。
6 そして、菊間町は、二業者から見積書を徴収した上、最低額の見積りをした白石文具こと白石達夫との間で、平成七年八月一日、本件椅子を代金二〇万六〇〇〇円(消費税を含む)で購入する契約(随意契約)を締結し、同月二五日付支出命令に基づき、同年九月二五日、右代金を支払った。
7 その後、被告は、本件椅子を用いて町長専用事務机で日常の執務を行っているが、旧椅子に比べて、座面(座板)が硬く、背もたれが低くて体型に合う上、腰当て部分の出っ張った箇所に座布団を当てがうと腰が支えられた感じで持病の腰痛が緩和され、長時間座ることが可能となって、執務効率が上がっている。
8 なお、旧椅子は、本件椅子の購入後、町長室から応接室に移され、来客の多い時や賓客があった時に使用されるため保管されている。
以上の事実が認められる。
二 ところで、地方財政法四条一項は、「地方公共団体の経費は、その支出目的を達成するための必要且つ最少の限度を越えて、これを支出してはならない。」と規定するところ、普通地方公共団体である町の予算執行により備品の購入が行われる場合には、右規定の趣旨に従い、社会通念上許される範囲での支出がなされなければならず、その範囲を越え、町長の裁量権を逸脱、濫用した支出行為がなされたと認められる場合は、違法な公金支出として、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく損害賠償請求ができるものと解される。
三 そこで、本件椅子の購入が違法な公金支出に当たるか否かについて検討するに、前記認定事実によれば、菊間町には、被告が町長に就任した当時、既に町長室事務机専用椅子(旧椅子)があり、右椅子は約二年前に購入したもので、比較的新しく、通常の使用が十分可能であったことからすれば、その買い換えを必要とする合理的目的があり、かつ、買い換えた本件椅子が右目的に適合し、金額的にも相当でなければならず、新町長就任の祝儀的意味合いや町長の個人的嗜好に迎合して本件椅子が購入された疑いがある場合には、違法な公金支出としての評価を免れないといわなければならない。
四 以上の見地から、まず、本件椅子購入の必要性ないし合理的目的の有無について検討するに、前記認定事実によれば、被告には、町長に就任した当時、約一年前の事故による第一腰椎圧迫骨折(陳旧性)と変形性脊椎症に起因する腰痛の持病があり、座面(座板)が柔らかく背もたれの高い旧椅子では、体型に合わず腰に負担がかかって、長時間の執務に耐えられず、しばしば会議用椅子に座って執務を行っていたことは、松浦課長も目撃しているところであって、前記回議書(乙三の1)の記載に照らしても、本件椅子の購入は、被告の腰痛緩和を図り公務の能率向上を目的としていたことが認められ、それ以外の目的から本件椅子が購入された疑いは見い出し難い。
この点について、原告は、本件椅子は腰痛緩和機能面で旧椅子と差異がなく、被告が右機能についての検討確認もしないままカタログだけで本件椅子を選定したことや、購入後も大きく厚みのある柔らかい座布団を置いて使用していることなどから、腰痛の緩和を目的に本件椅子の購入をしたものではない旨主張するが、腰痛緩和の面からみた両椅子の比較は後記認定のとおりであり、カタログによる本件椅子の選定も、実際に座ってみての選定に比べて慎重さを欠いた嫌いがあるとはいえ、前記認定のとおり、被告は背もたれの低いものを選び、松浦課長には腰痛を理由に体型に合った椅子の購入を要請しているところであって、右選定方法をもって、本件椅子の購入目的が腰痛緩和以外にあったことを疑わせる事情とは認め難い。また、〔証拠略〕によれば、本件椅子の座面に大きく厚みのある柔らかい座布団が置かれていることを原告が現認しているが、被告本人の供述によれば、被告は、本件椅子の清潔さを維持するために座布団を使用し、日頃は、これを二つ折りにして腰に当てて使用していることが認められ、原告の現認した右事実をもって、本件椅子が被告の腰痛緩和を目的に購入されたものではないことを疑うには足りない。
さらに、原告は、本件椅子の購入は、被告の町長就任前の私病の後始末を税金で賄おうとするものであって許されない旨主張するが、確かに、被告の腰痛は私病に属するものであって、通常の使用が十分可能な旧椅子がありながら、被告の腰痛の緩和を目的に本件椅子を購入したことには、批判の余地が無しとしないが、被告の腰痛が持病化していたことや、町長としての公務能率の向上に鑑みると、腰痛が私病であることをもって、これを理由とする町長専用椅子の買い換えが社会通念上許されないとまで解することはできず、原告の右主張は採用できない。
また、原告は、旧椅子の座面の後方に硬めのパッド等を当てがえば腰痛緩和が可能であり、会議用椅子を代用することもできたはずである旨主張するが、前記認定事実によれば、旧椅子は、座面が柔らかく、背もたれが高くて被告の体型に合わないため腰に負担がかかるものであって、補助器具を使用しても腰痛の緩和には自ずと限界があると認められ、会議用椅子を常時代用することは、町長の公務の性質に照らしても相当ではないというべきである。
そうすると、菊間町には町長専用事務机椅子として旧椅子が存在したものの、被告の持病化した腰痛を緩和して、町長としての公務能率の向上を図るため、その買い換えを必要とする合理的目的があったものと認めるのが相当である。
五 次に、菊間町が購入した本件椅子が、被告の腰痛緩和による公務能率の向上という目的に適合したものといえるかについて検討を進めるに、前記認定事実によれば、被告は、本件椅子を購入後、右椅子に座って町長専用事務机で日常の執務を行っており、本件椅子は旧椅子に比べて座面(座板)が硬く、背もたれも低くて体型に合う上、腰当て部分の出っ張った箇所に座布団を当てがうと持病の腰痛が緩和され、長時間座ることが可能となって、執務効率が上がっていることが認められる。
この点について、原告は、本件椅子は腰痛緩和機能面で旧椅子と差異がない旨主張するが、確かに、〔証拠略〕によれば、旧椅子と本件椅子は、いずれも株式会社岡村製作所製のもので、共にエグゼクティブチェア(管理職用椅子)という同シリーズの椅子であること、右シリーズの椅子の中には、ランバー・サポートという腰痛緩和機能が付いたものがあるが、両椅子には、いずれも付いていないことが認められる。しかし、ランバー・サポートとは、ハンドル操作により背当部分のクッションが前にせり出して、第三ないし第四腰椎を後ろから強制的に押すことにより腰痛を緩和させる装置であるところ(〔証拠略〕)、腰痛が生じる原因は多様であることを考えると、あらゆる腰痛の緩和に右装置が効果的であるかは疑問なしとせず、いずれも右装置が付いていないことをもって、本件椅子と旧椅子との腰痛緩和機能に差異がないとまで認めることはできない。むしろ、〔証拠略〕によれば、本件椅子と旧椅子を比較すると、座板の角度が、前者が三度、後者が七度で、背もたれの高さは、前者が五一センチメートル、後者が七〇センチメートルとなっており、これらの数値の違いは、旧椅子が体型に合わず腰に負担がかかるという前記被告の言い分を裏付けていることが認められ、さらに、〔証拠略〕によれば、椅子の座り心地は、使用する者の体格(身長、体重)等により異なり、良い姿勢を保つことにより、腰痛はかなり防ぐことができるが、座面が広いよりは狭い方が身体にフィットして腰痛に良く、座面が柔らかいより硬めの方が腰痛のある者にとって良いといえるところ、本件椅子は、旧椅子と比較して、座面が狭く、硬めに製作されていることが認められる。
そうすると、被告において本件椅子をカタログだけで選定したことは、前述のとおり、慎重さを欠いたとの誹りを免れないが、結果的には、本件椅子と旧椅子とを比較すると、構造的にも本件椅子の方が腰痛に良いことが認められ、前記認定のとおり、現に被告において本件椅子が体型に合い繧痛にも良いとして日常の執務に使用していることに照らすと、本件椅子の購入は、被告の腰痛を緩和させ、町長としての公務能率を上げるという目的に適うものであったと認めるのが相当である。
六 さらに、本件椅子の購入価格の相当性について検討するに、前記認定のとおり、本件椅子は、菊間町の備品購入費から二〇万六〇〇〇円で購入されているところ、旧椅子の価格が一三万三〇〇〇円程であったことや、備品購入費の当初予算八〇万円の四分の一に当たることなどからすると、幾分高額に過ぎなかったかとの評価も生じ得るところであるが、一方において、地方自治体の首長である町長の専用椅子として相応しいものを選定するという側面も考慮せざるを得ず、本件椅子の右価格をもって、町長の裁量権を逸脱する程に高額過ぎるとまで認めることはできない。
七 以上からすれば、本件椅子の購入については、旧椅子を買い換えるについての必要性や合理的目的があり、かつ、買い換えた本件椅子が右目的に適合し、金額的にも不相当なものとまではいえないというべきであり、町の備品購入として社会通念上許される範囲に属し、町長の裁量権を逸脱、濫用した支出行為とまでは認め難いと判断されるので、これをもって違法な公金支出と評価することはできない。
第五 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤武彦 裁判官 熱田康明 藤野美子)